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抗生剤を変更する前の感受性試験の重要性

とある診察室にて…

細菌性の膀胱炎だと言われ、抗生剤を投与し、1週間後のチェックで来院したある日のこと…

かかりつけ医

〇〇ちゃんの尿検査の結果です。
1週間抗生剤を投与しましたが、全然細菌が消えていませんね。抗生剤を変えてみましょうか。

わかりました。

かかりつけ医

〇〇ちゃんの尿検査の結果です。
実は抗生剤の変更には十分な注意が必要なんです。
抗生剤の乱用は耐性菌を発生させるリスクが高まるので、闇雲にコロコロ変えるは良くないんです。
そのため、新たな抗生剤に変更する前に、今日採取した尿の薬剤感受性試験を行います。その結果を踏まえて、効果のある抗生剤を選択していきましょう。

あっ、はい。是非お願いします。
(ダメだ、全然何言っているか分からなかった。耐性菌?うちの子は大丈夫なのかしら?)

多剤耐性菌って?

多剤耐性菌とは

多剤耐性菌とは複数の抗菌薬に対して耐性を持つ細菌のことをいいます。
多剤耐性はその細菌がもともと持っている耐性を『自然耐性』後天的に獲得した耐性を『獲得耐性』と呼ばれる2つに大別されます。
特に獣医療で問題となっているのは後者の方です。

獣医療で代表的な多剤耐性菌
①基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)
②メチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)

抗生剤の乱用から生まれる耐性菌

抗菌薬を使用することでほとんどの細菌は死滅していきますが、感染している細菌の一部に抗菌薬に対し、耐性を持つ細菌がいることがあります。
こうした耐性を持った細菌は抗菌薬からの攻撃に耐え抜き、増殖をし始めます。

一般的に耐性菌は耐性を持たない細菌と比べ、増殖スピードは遅いです。
この段階では耐性を持たない細菌が大半を占めており、この細菌群によって占拠されることで、耐性菌は次第に排除されていきます。

しかし、耐性菌の存在が疑われる状況で効果のない抗生剤を投与し続けると、耐性菌のみが残存し、耐性を持たない細菌たちが減少し始めます。さらに耐性菌は進化して、増殖スピードが上昇してきます。

このようにして効果のない抗生剤をダラダラを使い続けてしまうと、耐性菌が蔓延する原因を作ってしまいます。

多剤耐性菌ができるとどうなるの?

多剤耐性菌が発生すると抗菌薬が効かなくなります。
特にこれまでに投与歴のある抗菌薬に対する耐性菌が発生しやすいという報告があります。

尿路感染症の症例での報告ですが、尿の細菌培養検査を行う30日前に抗菌薬の投与があった症例では、抗菌薬を投与しなかった症例と比べ、有意に耐性菌が発生していることが知られています。

Isolates identified from dogs that had received amoxicillin, doxycycline, or enrofloxacin 30 days before culture results were obtained showed significantly higher resistance rates to those antimicrobials (P = .003, P < .0001, P < .0001, respectively) when compared with dogs that did not receive those antimicrobials before urine cultures were obtained.

Antimicrobial Susceptibility Patterns in Urinary Tract Infections in Dogs (2010–2013)

上記のように皮膚病や下痢などで、本来必要のないタイミングで抗菌薬を何回も使用していると、本当に抗菌薬が必要な疾患が発生した時に効かなくなってしまいます。

そして、効かないからと言って、次から次へと抗生剤を闇雲に変えていくと、多剤耐性菌が発生し、治るはずの感染症で亡くなってしまうという事態を招きかねません。

耐性菌の世界情勢


獣医療で使用される抗生剤の量は人間に使用される抗生剤の量よりも多いです。
ここでいう動物は産業動物(牛や豚、羊)が主となりますが、人で耐性菌が発生したら大変なことになるような抗生剤が犬や猫への使用に対しては平気で使用されている現状があることを考えれば、ペットへの抗生剤の使用も慎重に行われるべきでしょう。

多剤耐性菌による猛攻は世界的問題になっています。
このまま耐性菌に有効な解決策が発見されなければ、2050年頃には感染症によって被害を受ける人々は年間1000万人を超えると言われています。

We estimate that by 2050, 10 million lives a year and a cumulative 100 trillion USD of economic output are at risk due to the rise of drug resistant infections if we do not find proactive solutions now to slow down the rise of drug resistance.

Tackling Drug-Resistant Infections Globally: final report and recommendations

小まとめ
  • 耐性菌とは抗菌薬に対して耐性を持つ細菌のことをいう
  • 抗菌薬の乱用は耐性菌を生む原因になる
  • 多剤耐性菌が発生すると治るはずの感染症で亡くなる可能性がある
  • 多剤耐性菌は世界的問題であり、ペットへの抗生剤の使用も慎重になるべき

薬剤感受性試験とは

どういう検査?目的は?

薬剤感受性試験とは感染症の治療に有効な抗生物質を選択するための検査です。
『ディスク法』という方法が一般的に使用されています。

ディスク法とは

採取した検体を寒天培地で一晩培養します。
それをミューラーヒントン寒天培地に塗沫し、そこに抗生剤入りの感受性ディスクを静置し、培養します。
細菌は寒天培地で増殖するのですが、感受性を示す抗生剤が浸漬してあるディスクの周りには細菌の増殖が抑えられ、阻止円が形成されます。
この阻止円の直径を測定することで、どのくらい抗菌薬に対して、感受性を示すかを定性的に評価します。

採取した検体を一晩培養
ディスク法(STEP1)
寒天培地に塗沫し、ディスクを静置
ディスク法(STEP2)
形成された阻止円を計測
ディスク法(STEP3)

行うべきタイミングは?

薬剤感受性試験を行うべきタイミングですが、理想的には全ての細菌感染症患者で行われるべきです。
ただ、それはコスト面や煩雑さから臨床現場では現実的ではないです。
そのため、感受性試験が必要とされるケースは以下のような場合が挙げられます。

感受性試験を行うべきタイミング
・複数の細菌感染が疑われる場合
・致死的な感染症に罹患している場合
・初期治療に反応しない場合
・免疫抑制状態の患者が感染症に罹患した場合
・すでに多剤耐性菌の存在が明らかな場合

結果はどうやって解釈したらいい?

以前、かかりつけ医に「感受性試験の結果です」と紙を渡されたことがあります。
一応、目を通してみたのですが、”S”とか”R”とか”I”とかアルファベットが書かれていてよく分からなかったんです。

オタ福

感受性試験の紙はS(感受性)、I(中間)、R(抵抗性)の3段階で表記するのが一般的やで!
ほな、もう少し詳しく解説していくな!

判定結果が一番大事

薬剤感受性試験を出したら、検査結果が返ってきます。
検査結果の用紙には以下のような内容が記載されていることが一般的です。
・検体の中にいた細菌の種類の同定
・感受性試験に使用した抗菌剤
・判定結果(S、I、R)で記載

一番大事なのは判定結果です。これは検体中に含まれていた細菌がどの抗菌薬に増殖が阻止され、どの抗菌薬には無効であったか3段階で表記しています。

  • S(Susceptible:感受性)
  • I(Intermediate:中間)
  • R(Resistant:耐性)

これらの判定結果を踏まえて、選択すべき抗菌薬を検討していきます。

判定結果を鵜呑みにしない

判定結果はあくまでin vitroすなわち試験管で培養された細菌に対しての結果であることを留意しておく必要があります。

つまり、抗菌薬が体内に入ってどのように作用するかまでは検査できません。
生き物の身体というは非常に複雑であり、抗菌薬の病巣へ届きやすさ(移行性)や届くまでに分解されないか(代謝)など様々な要因によって、感受性のある抗菌薬を投与しても思うように効力が発揮できない場合があります。

薬剤感受性試験はあくまで抗生剤の選択を検討する際に使用する材料であって、これが効く抗菌薬だと鵜呑みにするのは良くありません。

その子その子の臨床症状や臨床所見の推移に基づいて、抗菌薬は選択されるべきでしょう。

小まとめ
  • 薬剤感受性試験は有効な抗生剤を選択するための検査
  • 感受性試験を行うべきタイミングでしっかり検査する
  • 判定結果が一番大事だが、鵜呑みにしない

耐性菌発生を極力避けるためには

抗菌薬の特性を知っておく

抗菌薬の投与は中途半端な投与が一番耐性菌を生む原因になります。原則として、『最大用量・最大回数』で投与するのが良いと言われています。ここでは詳細は割愛しますが、抗菌薬の種類によっては『時間依存型』『濃度依存型』『濃度・時間依存型』の3つがあります。
こうした抗菌薬ごとの特性を理解し、効果を最大化することで、耐性菌の発生を予防します。

  • 時間依存型:投与回数を最大限に増やす
  • 濃度依存型:1回投与量を最大限に増やす
  • 濃度・時間依存型:総投与量を最大限に増やす

薬剤感受性試験を実施する

感受性試験を行うべきタイミング

これは前項でお話しした通りで、然るべきタイミングでしっかり検査を行いましょう。

感受性試験を行うべきタイミング

  • 複数の細菌感染が疑われる場合
  • 致死的な感染症に罹患している場合
  • 初期治療に反応しない場合
  • 免疫抑制状態の患者が感染症に罹患した場合
  • すでに多剤耐性菌の存在が明らかな場合

エスカレーション療法とデ・エスカレーション療法

エスカレーション療法とデ・エスカレーション療法という考え方は耐性菌発生を予防する上で非常に重要な考え方なので、お話をしておきます。

抗菌スペクトルについて

抗菌薬というのは抗菌スペクトルの広い抗菌薬と狭い抗菌薬があります。
抗菌スペクトルの広い抗菌薬は多くの細菌に効果を示す反面、耐性菌の発生も広範囲になります。
一方で、抗菌スペクトルの狭い抗菌薬は効果を示す細菌は少ないが、その分耐性菌の発生も狭まります。

エスカレーション療法とデ・エスカレーション療法とは

抗菌スペクトルが狭い抗菌薬から始め、効果がなかった場合に徐々に広域の抗菌薬に変更していき方法を『エスカレーション療法』と言います。
反対に、広域の抗菌薬を最初に使用し、細菌の同定ができたタイミングで、適切な抗菌薬に切り替えていく方法が『デ・エスカレーション療法』と言います。

どのように使い分けるか

エスカレーション療法とデ・エスカレーション療法の使い分けは『動物の状態』がポイントになります。
状態が安定している場合は時間的にゆとりがあるため、狭いスペクトルの抗菌薬から投与していき、効きが悪ければ徐々に広範囲のものへと変更していく『エスカレーション療法』が選択されます。

一方で、状態が悪く、重篤な感染症を呈している場合には一刻も早く効果のある抗菌薬を投与する必要があるため、広域スペクトルの抗菌薬を最初に投与し、感受性試験の結果を踏まえて後から適切な抗菌薬を選択していく『デ・エスカレーション療法』が選択されます。

やってはいけないこと

抗菌薬の漫然な使用

特に『デ・エスカレーション療法』で問題となるのですが、薬剤感受性試験を実施せずに状態が回復したあとも漫然と広域スペクトルの抗菌薬を使用し続けることは多剤耐性菌を生む原因になります。

広域スペクトルの抗菌薬はあくまで『危篤期の打開』で使用するべきであり、ダラダラを使い続けるものではありません。
感受性試験の結果に基づき、よりスペクトルの狭い抗菌剤へ切り替える必要があります。

抗菌薬の漸減

もう一つやってはいけないことが『回復期の抗菌薬の漸減』です。漸減とは薬の用量や回数を徐々に減らしていくことを言います。
これはステロイド薬などホルモン剤で行われる投薬プロトコルであり、抗菌薬でこれを行うことは推奨されていません。

初回投与時にしっかりと十分な用量の抗菌薬を使用し、ガツンと原因菌を排除した後はスパッと即座に抗菌剤の投与を中止するべきです。
抗菌薬の投与は『最大用量・最大回数』で治療し、『即座に中止』することが原則です。

小まとめ
  • 抗菌薬は最大用量・最大回数での投与が原則
  • 動物の状態に合わせて、抗菌薬プロトコルを使い分ける
  • 抗菌薬のダラダラ使用はダメ、止めるときはスパッと

まとめ

多剤耐性菌の発生は世界的な問題となっており、One Healthの観点からも人だけでなく動物への抗菌薬投与も慎重行われるべきです。
耐性菌の発生により、本来治るはずの感染症によって命を落としてしまう可能性もあります。
耐性菌の発生を防ぐためにもきちんと薬剤感受性試験を行い、勝手な減薬、漫然なダラダラ使用は避けましょう。

数日後…

かかりつけ医

〇〇ちゃんの薬剤感受性試験の結果が出ました。こちら検査結果になります。
やはり、前回使用していた抗菌薬には耐性を持っていたようです。
次からはこちらの抗菌薬に変更していきます。
次の抗菌薬は『1日2回投与』だった前回のお薬とは異なり『1日1回投与』でお願いします。

この検査結果に書いてある”R”は抵抗性って意味ですね!
多剤耐性菌のことが心配だったので、しっかりと検査して頂いてよかったです。
1日1回ということは前回の時間依存型から濃度依存型のお薬に変更したってことですね!
毎日欠かさず、しっかり飲ませます。

かかりつけ医

よくご存知ですね!
では、また来週再診に来てください。
再度尿検査を行い、細菌感染が治っているか見てみましょう。

本記事の参考図書

原田和記 著 : 犬と猫の日常診療のための抗菌薬治療ガイドブック 初版, 文英堂出版, 2020

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