ショックとは
ショックってどんなもの?
ショックとは循環血液量が減少し、循環不全が起こることで、末梢組織に十分に酸素を供給することができず、可逆的あるいは不可逆的な組織障害を引き起こすことを言います。つまり、血液循環が悪くなり、細胞がダメージを受けること言います。
循環不全で細胞死する理由
酸素の役割
酸素は生合成やエネルギー産生、修飾といった細胞の反応に必要で重要な役割を担っています。
酸素の大部分は細胞内のミトコンドリアにある電子伝達系でATPと呼ばれるエネルギーを産生するのに役立っています。このミトコンドリアの電子伝達系が乱れてしまうと、ATPの産生がうまくできなくなります。
血液中の酸素濃度と細胞内の酸素濃度は連動しているため、血液中の酸素分圧が低下してくると、ミトコンドリアに届ける酸素量も命の危機が迫るまで低下していきます。
ミトコンドリアと嫌気的解糖
ミトコンドリア内の電子伝達系の稼働率と酸素消費の多さは酸素の供給量に依存しています。何らかの原因で循環障害が起きてしまい、細胞外の酸素供給が減少すると、ミトコンドリア内で行われている電子伝達系の酸化的リン酸化がストップし、ATP産生は低下します。
このままでは細胞は低酸素傷害を受けて細胞死が起こってしまいます。それを阻止するためのセーフティネットとしてホスホフルクトキナーゼが刺激され、嫌気的解糖が開始されます。この嫌気的な代謝へスイッチすることにより、細胞内のグリコーゲン量が減少し、細胞内の乳酸と無機リンが蓄積されます。
酸素不足で細胞死する
ATPの嫌気的産生は効率が悪いですが、細胞を一定期間生きながらえさせるのに適しており、体にとって緊急的な状態になっています。
全部の細胞が低酸素状態になった時にこの嫌気的な代謝へスイッチして、細胞の温存ができれば良いのですが、神経細胞に限ってはこの嫌気的代謝ができず、低酸素傷害に対して重篤なダメージを受けます。
低酸素状態に対応し切れなくなった細胞はATPが枯渇することで、細胞膜にあるNa-Kポンプが破綻し、細胞死を引き起こします。
血液循環を維持するためには
酸素運搬はこのコンビにお任せ
このように、ショックとは循環不全に起因する組織障害であることがわかりました。ショック状態を避けるためには血液循環を維持する必要があります。血液循環を維持する目的は末梢組織へ十分な酸素を送り届けるためにあります。
酸素運搬量は以下の2つが重要になってきます。
- 動脈血酸素含有量
- 心拍出量
これら2つを決定付ける因子はいくつかあるんですが、話がややこしくなってくるので、サラッとだけ載せて終わりにします。
①動脈血酸素含有量:Hb濃度、酸素飽和度、動脈酸素分圧
②心拍出量:心拍数、一回拍出量(前負荷、心収縮機能、後負荷で決定)
上記の因子が絶妙に調節されることで、体は血液循環と酸素運搬能力を維持しています。
- ショックとは循環不全による組織障害
- 循環が悪いと細胞に酸素が届かない
- 酸素運搬は2つの因子が重要
ショックのステージ
代償機能と潜在的なショック
基本的に体は恒常性(ホメオスタシス)を維持する機能を有しているため、循環が悪くなるような原因が何か発生した場合、それを代償するように他の器官に働きかけます。
例えば、大量出血して循環が悪くなった場合では、
血液量の減少により、一回拍出量が低下するので、それを補うために心拍数を上昇させます。なので、大量出血を起こしても、動物の意識レベルは正常でケロっとしている事があります。
しかし、これはあくまで体が代償性に頑張っている状態なだけで、根本解決になっていないため、やがて代償できないほど出血が進んだ段階で急速に状態が悪化します。
ショックのステージ分類
体には代償機能が備わっているため、ある程度の循環障害が起こっていても体は頑張ります。ショックはいかに早く発見し、対処するかが命に関わってくるので、バイタルサインを評価しながら進行度ごとにステージ分けを行います。
バイタルサインの確認
バイタルサインとは『意識レベル』『脈拍』『呼吸』『体温』『血圧』のこといい、ショック状態の患者では最初に集めるべき客観的データです。
ショック代償期
意識レベルは正常で、心拍数は軽度に上昇、粘膜色はやや蒼白、CRTは短縮、血圧は正常
ショック早期非代償期
意識レベルは軽度に低下しており、心拍数は上昇、粘膜色は蒼白、CRTは1~2秒と軽度延長、血圧は正常から軽度に低下
ショック非代償期
意識レベルは重度に低下しており、心拍数は低下、粘膜色は蒼白、CRTは2秒以上、血圧は低下
ショック非代償期は心拍数も落ちて、循環も悪くなっています。この状態は非常に危険で、ここからの回復はあまり望めません。非代償期にいく前の段階で行動する事が重要になってきます。
- 体には代償機能が備わっている
- 代償期→早期非代償期→非代償期の順で進行
- 非代償期になる前に手を打つ
ショックの分類
原因別、5つのショック
ショックには原因別に分けて5つの種類があります。ショック状態になっていると感じた場合はこれら5つのうちどのタイプのショックのなのかを考えなければ適切な対処が行えません。
もちろんショックの原因によっては、タイプが重複しているパターンもあります。
ショックの原因は以下のものがあります。
- 血液量減少性ショック
- 心原性ショック
- 血液分布異常性ショック
- 閉塞性ショック
- その他(代謝性、低酸素性)
①血液量減少性ショック
このタイプのショックは循環する血液量が減少する『血液喪失』が原因で起こります。血液喪失を起こす要因としては、出血、下痢、嘔吐、熱傷、サードスペースへの体液の移動などが挙げられます。
循環血液量が減少すると、心拍出量が低下し、血圧が下がり、各細胞へ十分な血液を送ることができなくなります。結果として、低酸素状態となり、多臓器不全になっていきます。
②心原性ショック
このタイプのショックは心臓機能が急激に低下し、心拍出量が低下することが原因で起こります。基礎疾患として、拡張型心筋症に伴ううっ血性心不全や重度の不整脈、心筋梗塞などがあり、時として麻酔薬やカルシウムチャネル阻害剤、βブロッカーなど心臓に作用する薬物の過剰摂取でも起こりえます。
③血液分布異常性ショック
このタイプのショックは血管平滑筋の機能が破綻し、血管が拡張してしまうことで、全身の血管抵抗が低下し、静脈から心臓に戻ってくる血液が減少することで発症するショックです。
具体例として、
- 敗血症性ショック
- 神経原性ショック
- アナフィラキシーショック
などが挙げられます。
特に敗血症性ショックは有名で、重篤な感染症により、細菌が産生するエンドトキシンによって引き起こされると言われています。特に抗がん剤治療中などは敗血症になりやすい状態であるため、早期の対応が生死を分けます。ちなみに、犬猫のアナフィラキシーショックはワクチン接種で最も有名です。
④閉塞性ショック
閉塞性ショックは心臓に血液が戻ってこないことで起こるショックであり、この原因として、心タンポナーデ、肺血栓塞栓症、腫瘍、気胸、胃拡張・捻転症候群などが挙げられます。
⑤その他
厳密にはショックとは病態が違うのですが、同じような症状を示す状態として、『貧血』『低血糖』『低酸素血症』などがあります。
後述しますが、ショック時には原因疾患によっては点滴をしなければいけないものもあります。しかし、このようなその他に含まれるような病態では輸液を避けた方がいい場合もあります。
状況に応じて、輸液の是非を考える必要があるため、きちんとした病態の鑑別は重要になります。
- ショックは5つに分けられる
- 治療方針は原因ごとに異なる
ショック時の対処法
ショックの治療で最も大切なのはできる限り早く酸素を供給するということです。しかも、それは細胞が不可逆的なダメージを受ける前に行う必要があり、非常に緊急性が高い治療になります。
心原性以外は輸液を行う
輸液療法を行う目的
心原性ショック以外のショックでは輸液療法が必須になります。輸液を入れることで循環血液量を増加させ、血圧や中心静脈圧、心拍数、脈拍、CRT(毛細血管再充満時間)、尿産生を正常化させることを目的に行います。
代謝性アシドーシスにも注意が必要です。ショック状態になると細胞が嫌気的解糖を行います。その過程で発生する副産物として『乳酸』が挙げられます。乳酸は溜まってくると血液は酸性に傾き、『代謝性アシドーシス』と呼ばれる状態になります。そのため、代謝性アシドーシスを助長させないためにも輸液は必要となります。
輸液剤の種類と選択
輸液はとても奥が深い分野であり、輸液剤の成分や違いだけで1記事書けちゃうくらいの内容なので、詳細は割愛します。ショックの時に使用される輸液剤は以下のようなものがあります。
- 晶質液(乳酸リンゲル)
- 膠質液(HES製剤)
- 高張食塩液
- 輸血
多くのショック症例で使用されている輸液剤は晶質液であり、晶質液の中でも乳酸リンゲル液が合理的とされています。また、場合によっては膠質液や高張食塩液を使用することもあります。
乳酸リンゲル液を選択する3つの理由
乳酸リンゲル液を選択するべき理由を一つずつ解説していきます。
理由①:等張電解質液である
ショック状態の時は循環が悪くなっているため、細胞外や血管内に留まる輸液剤を選択する必要があります。乳酸リンゲル液は等張電解質液なので、細胞外や血管内に残ってくれます。
一方で、ブドウ糖入りの輸液剤として1号液、2号液、3号液などがありますが、こうしたブドウ糖入りの輸液剤は細胞内にも容易に水分が移動するため、循環血液量の増加には適していません。
理由②:緩衝物質を含んでいる
緩衝物質とは乳酸のことです。乳酸リンゲル液はアルカリ化剤の含まれていないリンゲル液の改良版として作られた輸液剤で、乳酸塩が添加されており、希釈性アシドーシスを防止します。ショック時は嫌気的解糖によって乳酸が蓄積し、ただでさえ代謝性アシドーシスになっています。生理食塩水やリンゲル液のように緩衝物質を含まない輸液剤を投与すると、重炭酸イオン(HCO3–)が希釈され、アシドーシスを助長させてしまいます。
理由③:急速投与が可能
ショック時には循環血液量を短時間で改善するために輸液剤を急速に投与します。乳酸リンゲル液では犬で最大90mL/kg、猫で最大60mL/kgをできるだけ早く投与します。こうした急速投与を行う時に注意するべきは『水中毒(低ナトリウム血症)』と『希釈性アシドーシス』です。乳酸リンゲル液は自由水を含まないため水中毒にはなりにくく、緩衝物質を含むため希釈性アシドーシスを予防します。酢酸リンゲル液は緩衝物質として酢酸塩が添加されており、血管拡張作用があるため、血圧を上げたいショック症例では不向きです。
他の輸液剤を使用するべき状況は?
膠質液を使用するべき時
膠質液の最大の特徴は『投与された液剤のほとんどが血管内に留まる』ということです。晶質液は投与した液剤の3/4が細胞外の間質へ流れてしまうので、乳酸リンゲル液の急速投与を行っても血圧が改善されない場合は膠質液の使用を検討します。ただし、こちらもデメリットはあり、肺水腫や心不全、腎不全、血液凝固障害などの副作用が報告されているため、投与は慎重に行います。
高張食塩液を使用するべき時
大型犬のように急速に大量の晶質液を投与することが難しい症例で高張食塩液の使用が検討されます。こちらは禁忌症例が結構多いので、本当に使用できるかは十分検討が必要です。
輸血を行うべき時
輸血は急速に出血が起こった場合に使用を検討します。血液減少性ショックの時はためらわずに使用する必要があります。
輸液で反応しない場合
昇圧剤を使用する
昇圧剤とは血管を収縮させることで血圧を上昇させる薬のことを言います。
輸液を十分に投与しているにも関わらず、循環が改善されない場合は、ドパミンやドブタミン、エピネフリンなどの昇圧剤を使用することがあります。エピネフリンはα1、β1、β2アドレナリン受容体に作用し、急激な血圧上昇を引き起こすため、最終手段として使用されます。
それでも効果がない場合はバソプレシン製剤などの使用も検討します。
心原性ショックの場合
心原性ショックの場合は輸液療法を行うと悪化するため、代わりに強心薬や抗不整脈薬などの心機能を改善させる薬剤を使用します。
不整脈には大きく分けて上室性不整脈と心室性不整脈がありますが、心拍出量を一気に低下させショックを起こすのは後者の方が多く、早期対応ができなければ命を落とします。状況に応じて、リドカインやエスモロールなどの抗不整脈薬を使用します。
- 心原性ショック以外は輸液療法
- 輸液剤は乳酸リンゲル液がオススメ
- 場合によっては昇圧剤を使用
- 心原性ショックは薬物療法
まとめ
ショックとは何らかの原因によって循環不全が起こり、細胞に酸素が届かず、組織障害を受けることを言います。
ショックになる前段階(代償期)には体がサインを出すため、それを早くに発見し、適切な処置を行う必要があります。
ショックには4つまたは5つの分類があり、原因に応じて然るべき対処が必要となります。
本記事の参考図書
Stephen J. Ettinger ; Edward C. Feldman ; Etienne Cote : Textbook of veterinary internal medicine. 8th ed., ELSEVIER, 2017, p528-531
長江秀之 著; 織間博光 編著 : なぜ?がわかる 動物病院の輸液療法, interzoo, 2018, p100-106
鯉江洋 監修 : 犬と猫のフィジカルアセスメント, 緑書房, 2020, p23
Jeff C Ko 著・監修 ; 北尾貴史 監訳: 図版で理解する 犬と猫の麻酔・疼痛管理ハンドブック, interzoo, 2018, p118-121