はじめに
今回は『棘細胞性エナメル上皮腫』について解説します。
棘細胞性エナメル上皮腫という腫瘍をご存じでしょうか?
これは歯を形成するエナメル器と呼ばれる組織が腫瘍化したもので、口腔内に発生します。
口腔内に発生する腫瘍の代表格として、悪性黒色腫、線維肉腫、扁平上皮癌などがあり、どれも悪性腫瘍として有名です。
さて、口腔内に発生する棘細胞性エナメル上皮腫とはどのような腫瘍なのでしょうか?
今回、治療法を含め、しっかりと解説していきます!
棘細胞性エナメル上皮腫ってどんな腫瘍?
生物学的挙動
棘細胞性エナメル上皮腫(Acanthomatous Ameloblastoma:AA)は転移することがなく、良性腫瘍として扱われることが多いです。
しかし、局所浸潤性が強力で、高確率で下顎骨や上顎骨への骨浸潤を引き起こす腫瘍であり、そこらの良性腫瘍と同じように扱ってはいけない腫瘍でもあります。
疫学
好発犬種
中型犬~大型犬での発生が最も多く、
好発犬種としては
・シェットランド・シープドッグ(シェルティー)
・オールド・イングランド・シープドッグ
・ゴールデン・レトリーバー
などが挙げられます。
発症年齢の中央値は7~10歳であり、性差に関しては不明です。
好発部位
棘細胞腫性エナメル上皮腫の好発部位は『下顎吻側』であり、極細胞性エナメル上皮腫の診断を受けた263匹の犬のうち51%がこの部位で発生しています。
ちなみに、下顎吻側とは下顎の前歯や犬歯周辺のことを言います。
次に発生しやすい場所としては下顎尾側、上顎吻側であり、最も発生が少なかったのは上顎尾側でした。
Within this data set, CAA presents most commonly in the rostral mandible in adult large breed dogs, with golden retriever dogs being overrepresented.
Clinical Characterization of Canine Acanthomatous Ameloblastoma (CAA) in 263 dogs and the Influence of Postsurgical Histopathological Margin on Local Recurrence
用語の問題
棘細胞性エナメル上皮腫とは最近呼ばれるようになった呼称であり、数年前までは『棘細胞性エプーリス』や『アダマンチノーマ』と呼ばれていました。
エプーリス(Epulides)とは『歯周靭帯から発生する良性の歯肉過形成』と定義されています。
ここでのポイントは”腫瘍”ではなく”歯肉過形成”と表現されている点です。
エプーリスは腫瘍なのか過形成なのかとても曖昧な領域であり、現時点では”腫瘍”ではなく”過形成”であると病理学的に定義されています。
私も病理研究室出身というのもあり、学生時代は研究室の教授がよくこの定義の違いについて話をしていました。
現在、少なくとも日本の臨床医の間では『棘細胞性エナメル上皮腫』と呼ばれ、腫瘍として認識されています。
- 転移はないが、局所への浸潤性が強い
- 下顎吻側にできやすい
- 最近、名称が変わった
どう治療していくか?
外科療法
棘細胞性エナメル上皮腫はその強い局所浸潤性を有することから、顎骨にまで浸潤していることが多いため、下顎切除や上顎切除を行う必要があります。
再発率について
再発率に関しては出ている論文によって言っていることが全然違います。
この論文では棘細胞性エプーリス(←昔の呼称)では外科切除後の再発率が91%(23匹中21匹)であり、他のエプーリス(線維腫性エプーリス、骨形成性エプーリス)よりも予後が悪いという報告があります。
Few of the fibromatous (6/104) or ossifying epulides (4/44) showed recurrence after excision, while the majority (21/23) of the acanthomatous epulides showed rapid and repeated recurrences after surgical excision.
Clinicopathological study of canine oral epulides
反対にこちらの論文では棘細胞性エナメル上皮腫に対して根治的切除をおこなった場合に再発した症例はいなかったという報告があります。
Patients with appropriate follow-up after curative intent surgery were evaluated to assess the effect of histopathological margin on local tumor recurrence. No local recurrence was noted in any patient.
Clinical Characterization of Canine Acanthomatous Ameloblastoma (CAA) in 263 dogs and the Influence of Postsurgical Histopathological Margin on Local Recurrence
個人的な意見
意見が2つに分かれているので、なんとも言えませんが、私個人的な意見としては棘細胞性エナメル上皮腫に対する顎骨を含めた外科的切除は可能な限り行うべきだと思っています。
当然、発症部位によっては摂食困難が出たり、見た目の変化(舌の突出、鼻鏡の変位など)であったり、顎骨の変位によって潰瘍が発生したりなど術後管理が大変になる場合もあるため、十分な検討は必要です。
放射線療法
放射線治療には根治的治療と緩和的治療があります。
棘細胞性エナメル上皮腫は放射線感受性が高く、放射線治療単独で根治が期待できる数少ない腫瘍の一つです。
論文報告では
腫瘍の大きさに依存する
メガボルテージによる4Gy(グレイ)隔日照射の計48Gyを照射するプロトコールで3年PFS(無増悪生存期間)が80%の症例で得られたという報告があります。
1997年と古い論文なので、棘細胞性エナメル上皮腫だけを集めたものではなく、periodontal tumorsつまり歯周に発生した腫瘍での論文になりますが、放射線治療単独での局所再発率は腫瘍の大きさに依存するという報告があります。
この論文では腫瘍の大きさごとにT1~3に分け、ステージングを行なっています。
大きさが2cm以下のものをT1、2-4cmのものをT2、4cm以上のものをT3と定義付けし、評価をしています。
T3に該当する4cm以上の腫瘍に関しては局所再発率が高くなります。
The only independent prognostic factor for PFS time was tumor T stage. Pattern of local tumor recurrence (marginal vs infield regrowth) was independent of clinical stage, tumor location, and site.
Analysis of prognostic factors and patterns of failure in dogs with periodontal tumors treated with megavoltage irradiation.
放射線治療の機械にはエネルギーの強さによってオルソボルテージとメガボルテージの2つに分けられます。
違いは主に3つあります
①深部到達率と線量曲線
②最大吸収線量部位
③組織へのX線吸収度
これらを話すと、かなりの量になるので詳細は割愛します。
生存期間は照射線量に依存する
ある論文では総線量が40Gyを境に生存期間中央値が有意に延長するという報告があります。
理論的に放射線の総線量が増えれば増えるほど、腫瘍を抑制する効果は高くなります。
ただ、それ応じて放射線照射による急性障害や晩発障害のリスクが高まるのも自明です。
放射線科医はそこのバランスを見ながら照射線量を調節しています。
放射線治療による悪影響
晩発障害に注意
晩発障害とは
晩発障害とは放射線治療を行なってから3ヶ月~1年以上経過した後に皮膚壊死や骨壊死、その他組織の壊死を起こすもので、不可逆的な経過を取るため、QOLの低下が問題となります。
顎骨に放射線照射を行なった症例では骨壊死の発生が少数報告されています。
放射線治療の有害事象として、急性障害と晩発障害があります。
急性障害は炎症を主体とした可逆的な病変であるのに対し、
晩発障害は膠原線維の増加や壊死を主体とした不可逆的な病変となっています。
悪性腫瘍の発生
棘細胞性エナメル上皮腫の治療として放射線療法を行なっていた場合に、別の悪性腫瘍が発生することが稀にあります。具体的には扁平上皮癌や線維肉腫、骨肉腫などがその例として報告されています。
放射線治療は外科的な切除が困難な症例でも治療することが可能で、便利ではありますが、放射線によるリスクも伴うことは理解して治療していくべきでしょう。
化学療法
棘細胞性エナメル上皮腫の治療としてあまり選択されませんが、ブレオマイシンの局所投与するという方法があるみたいです。
一応こんな治療法もあるんだ程度にご紹介しました。
- 外科療法では顎骨切除を検討
- 放射線治療によく反応する腫瘍
- 再発率は大きさと照射線量に依存
- 放射線治療にも悪影響はある
まとめ(良性??悪性??どっち?)
今回は『棘細胞性エナメル上皮腫』について解説しました。棘細胞性エナメル上皮腫は遠隔転移はしないため、良性腫瘍の一つとして考えられてはいますが、局所浸潤性が強く、骨を破壊することもあり、放っておくと激しい痛みを伴う腫瘍です。
大きさによって、再発率が上がったり、治療法に制限がかかることもあるので、良性といえど、放置するわけにはいかない腫瘍です。
そのため、必要に応じて顎骨を含めた外科切除であったり、放射線治療を行わなければいけません。
再発率は大きさに依存することもあるので、早期診断・早期治療で根治も目指せる腫瘍と言えるでしょう。
本記事の参考図書
David M. Vail ; Douglas H. Thamm ; Julius M. Liptak : Withrow&MacEwen’s SMALL ANIMAL Clinical Oncology. 6th ed., ELSEVIER, 2019